佐賀県の島=玄海諸島神集島
神集島
神集島地図
神集島(かしわじま)玄海諸島
7つの万葉の碑
住所/佐賀県唐津市神集島(かしわじま)
面積/1.41km2周囲/6.5km標高/82.5m
人口/261人(R2)・321人(H27)・421人(H22)・495人(H17)・597人(H12)・711人(H7)国勢調査
アクセス/【船】唐津市の北部にある湊港→神集漁港(5分)
概要
唐津市街地から国道204号線を呼子方面へ10kmほど北上した所に綺麗な砂浜が続く“相賀の浜(おうかのはま)”がある。夏になると多くの人が訪れる人気の海水浴場で、その海岸から目の前に見えるのが神集島だ。上が平らで台形をしていることから、見る位置によっては軍艦のようにも見えるため軍艦島と呼ばれたりもする。北西部に長く伸びた砂嘴が特徴的で、その先端には住吉神社があり、境内に長さが2.68mもある蒙古碇石(いかりいし)が展示されている。この辺りはハマユウの群生地で夏には白い花を咲かせ、訪れる人の目を楽しませてくれる。
歴史は古く、旧石器時代の遺物や古墳時代末期の横穴式石室古墳群なども発掘されている。また、奈良時代の遣新羅使がこの島を泊とした時の歌が七首、万葉集に収められていることから、島内に7つの万葉の碑が建てられている。
『松浦拾風土記』には神功皇后が三韓征伐の折に、この島に神々を集めて軍議を謀ったことが地名の由来だと記されている。しかし、平安時代中期の『延喜式』には「肥前国柏嶋牛牧」という表記が見られ、当時は“柏嶋”という字が当てられ牛の放牧地だったことが窺える。また、万葉集の七首の歌の説明には「狛嶋(こましま)の亭(とまり)」と書かれているが、大方の見方では“柏”という字を誤って“狛”と記したのではないかと言われている。では、柏嶋(かしわじま)の由来は何かと調べてみると、『日本地名大事典(吉田茂樹著)』には【玄武岩の堅い岩から成り、「カタシイハシマ」】が語源とあった。「カタシ イハシマ(堅岩島)」→「カシワシマ(柏嶋)」→「神集島」の変化。慶長5年(1600年)の『松浦家世伝』には「神集島」という表記が見られることから、江戸時代にはすでに、神功皇后の伝説とともに「神集島」になっていたのだろう。
特産品はタイやアワビなどの新鮮な魚介類と石割豆腐。石割豆腐は海水から摂った天然のニガリを使い、ほとんど水分が無くなるまで硬く固めた豆腐のこと。石の上に落としたら石のほうが割れたとか・・・。

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