愛媛県の島四十島
四十島
四十島(しじゅうしま)
別名「ターナー島」
住所/愛媛県松山市高浜町面積/0.0002km2/周囲/0.135km標高/10.2m人口/無人島アクセス/近くの港からボート
概要
興居島(ごごしま)と高浜港の間は潮流が激しい四十島瀬戸と呼ばれる海峡。瀬戸の名前にもなっている四十島は高浜港の南にある黒岩の岬から僅かに150m程のところに浮かぶ小島で、地肌が露呈した岩礁。
夏目漱石の小説『坊ちゃん』のなかで教頭の赤シャツが、「あの松を見給え、幹が真直ぐで、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」と云うと、野だが「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」と応え、「あの島をターナー島と名づけようじゃありませんか」と提案している。ターナーとはイギリスを代表するロマン主義の画家で、印象派の先駆けとなる風景画を多く描いている。
小説『坊ちゃん』は、明治39(1906)年に発表された。小説に出てくるターナー島(青嶋)は四十島がモデルだということで、四十島のことを“ターナー島”、生えている松を“ターナー松”と呼ぶようになった。小説が書かれた当時はターナー松も元気だったが、松くい虫にやられて昭和50年頃に枯れている。しかし、地元の有志によりターナー松を復活させようとの働きがあり、その後植林され、保護され、昔ほどではないものの今でもターナー島の趣を残している。
このような小島は昔から日本人の心情をくすぐりるものがあったようで、松山出身の実業家であり俳人の村上霽月(むらかみせいげつ)は「渦巻いて春の潮落つ四十島」と詠み、日本の近代俳句を確立した正岡子規は「秋晴や松に潮こす四十島」と詠んでいる。
ターナー
この絵は1823年にターナーが描いたナポリの海岸。描かれている木は松ではないのかもしれないが、漱石がイギリスに留学した時にこういった絵を見て、印象に残っていたのかも。

関連リンク

松山市

●日本の島へ行こう愛媛県の島四十島

18/12/28---Copyright(C)日本の島へ行こう All rights reserved.