●保戸島(ほとじま)[
豊後諸島]
★マグロの船団
●住所/大分県津久見市大字保戸島
●面積0.86km2
●周囲/6.4km
●標高/178.8m
●人口/536人(R2)・700人(H27)・978人(H22)・1,267人(H17)・1,520人(H12)・1,963人(H7)国勢調査
●アクセス/津久見港→保戸島港(25分)[
離島航路]
概要
★保戸島は津久見港から14㎞、四浦半島先端につながるようにある島。遠見山を頂点に急な斜面が岸まで迫り、平坦地は少なく、西側の斜面にコンクリート造りの家々が密集している。この集落は「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財百選」に選定されている。
★承平年間(931~938)に編纂された辞書「和名類聚抄」にこの地のことが「海部郡穂門郷」と記されており、この「穂門(ほと)」が「保戸」に変化したものといわれている。また、豊後国風土記には、景行天皇が行幸の際、地元で「保都米(ほつめ)」と呼ばれる美しい海藻(ワカメ)を「最勝海藻(ほつめ)」と愛で、この地を「最勝海藻門(ほつめのと)」としたことが「穂門(ほと)」の由来として記されている。
★江戸時代には佐伯藩の勘場や遠見番所が置かれていた。明治23年ごろからマグロ漁が始まり、その後、遠洋マグロ漁の発展で一大マグロ基地となり、最盛期の昭和55年にはまぐろはえ縄漁船の数は167隻を誇っていた。しかし、まぐろ漁の低迷や人口減少等で平成25年には21隻にまで数を減らしている。
見どころ
瀬の浜海岸…豊後水道が望める砂浜の海岸。高甲岩(たかごいわ)などの奇岩が点在。
加茂神社…天文4年(1535)の創始と伝えられる社。島の守護神として京都上加茂神社から別雷神(わけのいづちのかみ)が勧請された。
できごと
★昭和20年7月25日午前10時頃、米軍機グラマンが保戸島に3発の爆弾を投下。そのうちの1発が保戸島国民学校(現保戸島小学校)を直撃。児童25人と教師2人が犠牲になった。小学校に慰霊碑。
関連リンク
津久見市/保戸島ニュース