広島県の島安芸群島大奈佐美島絵の島
大奈佐美島
大奈佐美島(おおなさびじま)安芸群島
広島湾要塞の入口
住所/広島県江田島市沖美町美能
面積/0.7km2周囲/4.6km標高/34m人口/無人島
アクセス/チャーター船
概要
大奈佐美島は能美島の北約1km、厳島(宮島)から東へ約1.3kmの海上に浮かぶ無人島。かつては「大那沙美島」という表記もあったが、国土地理院の地図にあるように「大奈佐美島」が一般的になっている。
幕末のペリーの来航以来、攘夷が叫ばれるようになり、1864年、広島藩は厳島海峡防備のために厳島とこの大奈佐美島に砲台を設置している。幸い砲台は使われることはなかったが、明治期になり広島湾の軍事的重要度が高まり、明治33年には改めて砲台が設置された。
太平洋戦争が終わり広島湾要塞が崩壊、大奈佐美島も軍事的役目を終えた。その後、江田島から入植者があり、暫くは定住者がいたが、昭和45年に港湾土木会社によって島が買い取られたことで、再び無人の島になった。
港湾土木会社所有になってからは、土砂採掘により島が変形するほどに削られ、緑の無い裸の島になりかけたが、近隣住民の要望もあり植林が行われ緑を取り戻した。
現在の大奈佐美島は、北側の海にカキ養殖筏が並び、周囲には釣り船が揺れる長閑な風景が広がる。島内にはヤブの中にかつての採石場の建物やトラックが朽ちるままに放置されている。
絵の島
絵の島(えのしま)
かつての賑わいも波と消ゆ
住所/広島県江田島市沖美町美能
面積/0.21km2周囲/1.6km標高/34.9m人口/無人島
アクセス/チャーター船
概要
絵の島は大奈佐美島の北約1.3kmにある小島で、2つの島が砂州で繋がっている。深く抉れた湾が特徴的で、かつては小奈佐美島(小那沙美島:こなさびじま)と呼ばれていた。
頂上には「安芸絵ノ島灯台(明治37年初点灯)」が聳えている。島内にはレンガ造りの古い建物や人為的に掘られたものなのか、不自然に口を開けた6つの洞窟がある。
昭和初期、リゾート施設建設を目的として個人が島を所有。その時の遺構が残されている。
敗戦間もない頃は駐留米軍の保養地として使われていた。米軍が去った後の昭和28年には瀬戸内海汽船(株)が島を買い取り、海水浴場として砂浜を整備し、夏季限定の渡船も運航されていた。
昭和36年に島名が現在の「絵の島」に変更され、当時はリゾート地としてかなり人気があり、毎年シーズンになると8万人以上の来島者があったという。
しかし、時代が進むとともに訪れる人も数を減らし、平成2年に海水浴場は閉鎖になり人気のない島となった。

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